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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)4884号 判決 1965年9月30日

原告 小畑博男

右訴訟代理人弁護士 岡田和義

同 木村五郎

被告 関口薫

右訴訟代理人弁護士 伊藤秀一

主文

被告が原告から賃借中の別紙目録記載の建物の賃料が昭和三七年四月一日以降一ヶ月金一一、〇〇〇円であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)は原告の所有であるが、原告は昭和三四年四月二四日以来これを被告に対し賃料一ヶ月金五、二〇〇円にて賃貸し、昭和三六年四月にはこれを一ヶ月金五、五〇〇円に増額した。

二、然るに右賃料はその後一年間の諸物価の騰貴、本件建物及びその敷地価格の高騰、近隣の家賃に照し、不相当に低額となった。因みに原告は本件建物の近隣にこれと同じ位の大きさの建物を十一戸所有していたのであるがそれらの昭和三七年四月一日以降の賃料は一ヶ月金一一、〇〇〇円であり、家屋の修繕費はこれら賃借人の負担であった。これに引換え被告は右建物の中で最も大きい建物を使用しておりながら、修繕費は原告負担であり、賃料は前記の如く極めて低廉である。

三、よって原告は被告に対し昭和三七年三月頃、口頭で、借家法七条に基き同年四月一日から右賃料を一ヶ月金一一、〇〇〇円に増額する旨通知した。

四、以上の次第で被告に対し右日時以降の本件建物の賃料が一ヶ月金一一、〇〇〇円であることの確認を求めるため本訴に及ぶ。

と述べ、

昭和六年六月以降の本件家屋の賃料の推移が被告主張のとおりであることは認める。

と述べ、

≪証拠関係省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一、及び三、の事実を認める。

二、同二、の事実について、

本件建物について昭和三六年四月に賃料が改訂された後一年間に原告主張の如き増額請求をなし得べき経済事情の変動があったこと、及び右賃料が原告主張のように増額されたことはいずれも否認する。

本件建物は昭和六年以来被告の養父訴外江波善三郎が賃借し、同人死亡後は養母訴外シメが賃借し、引続き被告が賃借し来ったものであって、相当年月を経た建物であり公租公課の増加もなく、第二室戸台風による被害に際しても原告は庇を修理しただけで、ほかにこれといった資本の投下もしていない。しかも昭和六年以来の賃料増額の推移は左のとおりであって、これを今回一挙に一一、〇〇〇円に増額することはとうてい許されないものである。

自昭和六年六月至昭和二二年九月         金五〇円

自昭和二二年一〇月至昭和二四年五月      金一三七円

自昭和二四年六月至昭和二五年七月       金五五〇円

自昭和二五年八月至昭和二六年九月      金一八五〇円

自昭和二六年一〇月至昭和二七年一一月    金二二二〇円

自昭和二七年一二月至昭和二八年一二月 金三三五五円五五銭

自昭和二九年一月至同年一二月        金三四五〇円

自昭和三一年一月至昭和三二年一月      金三五七八円

自昭和三二年二月至昭和三四年三月      金五〇〇〇円

自昭和三四年四月至昭和三五年三月      金五二〇〇円

自昭和三六年四月以降            金五五〇〇円

と述べ、

≪証拠関係省略≫

理由

一、請求原因一、記載の事実は当事者間に争いがない。よって原告のなした賃料値上げ請求の当否につき考えるに、≪証拠省略≫によると、

(一)  原告は大阪市東住吉区田辺東之町五丁目四一番地の宅地六〇六坪(原告の父所有)地上に本件建物を含め一二戸の建物を所有し、これを被告外一一名に賃貸していたが、昭和三六年末頃これら家屋が台風で損壊したところを修繕したのを機会に、右借家人等に対し賃料を月一一、〇〇〇円に値上方申入れ、それができなければ立退料一〇〇万円で明渡すか、買取るかしてもらいたいとの申し入れをなし、被告に対する本件家屋売却申入価格は宅地建物合せて金一八〇万円であったところ、その結果昭和三七年中に被告及び訴外井上益子を除く他の一〇名は建物及び宅地の大きさにより多少の異同はあるが、ほぼ右と同等の申入価格でそれぞれ賃借家屋を買取ったこと、右買取った者のうち、一部の者は直ちに買取ることができなかったので、昭和三七年四月から売渡を受けるまでの間、原告の請求どおり、家賃を一ヶ月金一一、〇〇〇円に増額することを承諾したこと、もっとも訴外井上益子の分は同女が原告の親戚である関係から一ヶ月金七、〇〇〇円とされたこと、

(二)  被告を除く他の一一戸の家屋の建坪は全部実測延四六坪前後であるのに対し、被告の建坪は実測延五二坪七勺であり、その敷地は六二坪六合で他の一一戸の家屋のどの敷地よりも広いこと、

(三)  被告が前記買取り請求や立退き請求を受けたとき、他に家屋を借りようとして物色したが、本件家屋よりも規模の小さいものでも、本件家屋の賃料よりも高かったことを認めることができる。

二、右認定によって考えるに本件建物の賃料は他に特段の事情なき限り、訴外井上益子の家賃よりは勿論、その他の者の家賃より低廉であるべきものでないのが当然である。もっとも、≪証拠省略≫によると、本件建物他一戸の建物が他の一〇戸の建物と異り、幅員九三糎奥行約九米五四糎の私道を以て公道から入り込んでいることが認められるが、他方鑑定人中村忠の鑑定の結果によると、本件建物を含む前記一二戸の建物は前記六〇六坪の宅地上にまとまって存在し、右宅地は南海電鉄平野線駒川町駅の西方約七〇米に位置し、都市計画道路木津川平野線幅員二五米がその南方約六〇米の所に通じていて、全体としてかなり交通の便に恵まれた中級住宅であることが認められるから、前記袋小路になっている事実は本件建物の賃料を他の一〇戸のそれよりも低廉にすべき程重要なことがらではないと思われる。また≪証拠省略≫を綜合すると本件建物の自然の破損による修繕費用は原告の負担すべきものとなっているところ、昭和三六年四月一日の賃料改定以後昭和三七年三月末までに原告が支出した修繕費用は二階の庇及び一階の樋の修繕費(その額は明らかでないが、いずれにしても大した額ではないと推認される。)だけであり、本件建物の応接間は当時雨漏りがしていたのにかかわらず修理されず現在に至っており、北側の各部屋及び玄関、炊事場、応接間、土塀、板塀は永く修理されたあとがなく相当損耗していることが認められるが、右本人尋問の結果によればこれらの事情は、特に本件建物のみに存することがらではなく、他の一一戸の建物についても事情は同一であることを認めるに難くないから、これを以て本件建物のみを特に低廉な賃料とすべき理由とすることはできない。被告本人尋問の結果中、本件建物の附近の本件建物と同規模の家屋の賃料が金七、〇〇〇円位であるとの供述はたやすく措信し難く、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。(なお、前記の如く本件建物の敷地所有権は原告の父に属しているが原告はこれが使用収益をなす権原を有するものと推認されるから、本件賃料増額請求の当否の判断に当っては右敷地を考慮の外に置くべきでないと考えられる。)

三、そこで右比隣の賃料一ヶ月金一一、〇〇〇円を基準として本件建物の昭和三七年四月一日以降の賃料を定めることが適正であるか否かについて更に検討するに、鑑定人中村忠の鑑定の結果によると、昭和三七年四月一日現在における本件建物の賃料は一ヶ月金二三、四七三円が適正であるとしており、鑑定人近藤威の鑑定の結果も、右賃料は一ヶ月金一二、六九七円を以て適正であるとしているところ、これら鑑定の結果を前記認定の原告の被告に対する売却申入額一八〇万円及びこれとほぼ同額の前記他の一〇戸の売買成立額に照して検討すると、右鑑定の結果は少くとも本訴請求にかかる金一一、〇〇〇円の増額請求を正当として裏付けるに十分と考えられる。

四、被告は昭和三六年四月の賃料改訂後一年の間に、原告主張の賃料増額請求を正当とするに足る経済事情の変動はないと主張し、≪証拠省略≫によると、本件建物の固定資産税課税基準価格は昭和三四、五年度において金五三五、〇〇〇円、昭和三五、六年度において四八四、〇〇〇円、固定資産税額は昭和三四、五年度において金八、五六〇円、昭和三六、七年度において金七、七四〇円であり、一方本訴宅地を含む前記宅地六〇六坪の右基準価格は昭和三四、五年度において金二、五〇二、一〇〇円(本件宅地分約二五八、四七〇円、昭和三六、七年度において金二、八三三、〇〇〇円(本件宅地分約二九二、三四〇円)、同税額は昭和三四、五年度において金四〇、〇二〇円(本件宅地分約四、一三〇円)、昭和三六、七年度において金四五、二八〇円(本件宅地分約四、六三二円)となっていることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、また右一年間に原告が本件建物のためになした修繕の程度はさきに認定したとおりである。

他に原告が本件建物につき資本の投下その他金銭の支出をなしたことを認めるべき証拠はない。

これらの事情によれば、本件建物については一応原告主張の一年間に前記比隣の賃料の変更の点を別にすれば、借家法七条所定の経済事情の変動があったとはいい難いように見える。而して借家法七条の家賃増額請求を理由づけるには、経済事情の変動により、従前の賃料を以て当事者を拘束することが不相当となるに至ったことを要し比隣賃料との差異はこれが判断のための一資料に過ぎない。

しかしながら右にいわゆる経済事情の変動は現行賃料の改訂がなされた時点以後に生じたことを要し、これが認められない限り賃料増額請求は許されないというものではなく右時点の前後を問わず、経済事情の変動があり、それにより現行賃料を以て当事者を拘束することを不公平にしておれば足るのである。けだし、現行賃料に至るまでの賃料の値上げが何らかの事情で一般の適正な値上げについて行かないでいるうちに適正賃料との間に大きな差が生じているのに、前回改訂後には値上げの資料となるべきものがないといった場合、かかる資料の欠缺にかかわらず、これを是正して、一般の水準に引き揚げることもまた公平を目的とする同条の精神に適うものと考えられるからである。

これを本件について見るに、なる程本件建物の賃料は、昭和三六年四月の改訂以後、被告の主張するように、さしたる公租公課の増加や資本の投下もなく、値上げすべき資料に乏しいというのほかはないけれども、それにもかかわらず、前記認定の諸般の事情に当事者間に争いのない、昭和六年以降現在に至るまでの本件建物の賃料の推移を綜合して考察すれば、本件賃料は現行賃料に改訂されるまで数次の改訂を経ているうちに適正賃料との間に大きな差異が生じていたものと認めるのが相当であるから、これを昭和三七年四月一日以降一ヶ月金一一、〇〇〇円に増額することは決して不当ではないと考えられる。

右認定に反する被告本人尋問の結果は根拠に乏しく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

五、原告が被告に対し昭和三七年三月頃借家法七条に基き同年四月分から本件賃料を一ヶ月金一一、〇〇〇円に増額する旨口頭で通知したことは当事者間に争いがない。そうすると前述し来った理由により、本件賃料は右通知により同年四月一日以降金一一、〇〇〇円に増額されたものというべきであるから、原告の本訴請求はすべて正当として認容すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 井野口勤)

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